今日のひとこと
自分を救ってもらうために神様を利用してはいけない

他人と自分を騙してもいけない
[2012/05/08 23:35] | 未分類 | コメント(0) |
復習
判決後の弁護団会見の中で紀藤弁護士が指摘したように、この団体は、悪徳霊感商法の枠にはおさまらないカルト団体であり、その存在自体が間違っている。組織内の活動は、人を人とも思わない指導、異常な上下関係、威圧的態度・脅迫による拘束などから、思考停止・視野狭窄・情報遮断といったいわゆるマインドコントールというものを多くの者が体験する羽目になった。望んでその状態に陥ったわけではないのだから、目が覚めてからの怒りが尋常ではないのは当然であり、自尊心と人生を狂わされた人間の正当な怒りである。

未だ目が覚めない者たちが理解できないのはやむを得ないとも思われるが、明らかに分かっていて加担し続けてきた人間に、無視されたり睨みつけられる筋合いはない。神様を利用して自己満足の世界に浸っている不届き者に天罰が下らない訳はなく、地獄に堕ちるのは言うまでもない。他人は騙せても自分の良心は騙せない。自分のしていることがこの世で終わると思ったら大間違いだ。他人を貶めた罪と相当な数の怨みの念をかっているような人間を神様が許すわけなどない。

未だ信じている者たちもよくよく考えてみることだ。犯罪組織として認定された団体にいつまでも係わることのどこが自分にとってプラスなのか。あなたが生きているのは現実社会であり、自分が思い描くイメージの中で生きている訳ではない。他人を苦しめて平気な人間が求める神様が本当に真っ当な神様と言えるのか。自分たちの行いが間違えているのに元顧客のせいにするような会社がまともな会社なのか。元従業員が自らも被疑者扱いされてもなぜ内部告発をするのか。自分を犠牲にしてまでも他を救おうとする者の気持ちなど分かるはずもないだろうが、自分が救われようとするばかりで、他を救おうとしない人間の性根に宿るものが美しいものである訳がないことくらい想像できるだろう。

罪を軽くするためとは言え、厳粛な公の場で、御霊光も神霊能力も神書もデタラメだったと言ってしまう教祖や先生たちは、神様より自分を上にしている行為ではないか?自分の間違いを潔く受け入れられないような人間の魂のレベルが神様と同等とはよく言えたものだ。人間的考えが全くないはずなのに、教祖として貫こうともせず、自らの収監を怖れるあまり、超人間的な言い訳を並べて、最後には泣きベソかいて収監を嫌がるってどう思う?一般客を抽選に並ばせるだけ並ばせておいて、傍聴席には入れないその組織の体制もおかしくない?

「特別」などという夢心地の言葉に乗せられ、子供の頃教わった「当たり前のこと」や「良心」を捨てた癖に、なぜその団体にだけ恩を大切にするのだ。自分の矛盾にいつまでも目をつぶって都合よく生きていけばいい。最後は自分の奥底に沈んだ良心が自分を許すことはなく、待っているのは破壊だ。

神世界の詐欺事件の被害者は、一時的な金銭被害だけを訴えているわけではない。

耳にタコが出来た人も多いと思うが、文字は見えても心で読み解くことが一向に出来ない人のためにおさらいをしよう。

貯金を使い果たし、親やカードを使って借金したり、保険の解約、常に生活を切り詰め、ほしいものもすべて我慢し、粗食の日々。よほどの金持ち以外、継続的に誰もがそういう経験をしてきたはずだ。

社会的立場のあるご立派なお家の方は、捜査協力もせず、逃げてお終い。ずるいねぇ。
性格がよろしくない大活躍された方も同じく素知らぬ顔して、ずるいねぇ。
逮捕されるに等しい方は他にも十分いた。

お金による取引が負担になり、足が遠のくと今度は、ご挨拶だけでもいいから来るようしつこく言われ、掃除と“ご案内”を仕向けられる。
知人の紹介、チラシ配りにキャッチ勧誘、イベント活動。
行動の結果、少しでもいいことがあると、神様の誘導だ、奇跡だと我を忘れて大騒ぎしては、奇跡の結果報告と“御礼”が暗黙のルール。

何でも教えとつなげて考える脳の出来上がり〜

一般階級の女子は、サークル感覚でサロン通いをしていただけで、宗教の布教活動をしていたという認識の人がどこにいた?最初は、体調をよくしたい、癒されたい、きれいになりたいという女子なら誰でも興味をひく呼び込みでサロンを訪れ、入り口をちょっと入ったら宗教だと確信した上で通っていた人がどこにいた?

御霊光・神書・祭典で宗教を疑い、スタッフ・既存客の「宗教ではない。ここは会社です」という言葉にしっくりこないけれど、目の前にニンジンぶらさげられて、やるのかやらないのか、やるしかないだろ?とはじめから選択肢はひとつに決められていて、「はい」と言うまでジリジリ、蛇に睨まれたカエル状態。
結婚したい、子供がほしい、仕事で成功したい、家族関係をよくしたいという誰もが持つ願いや、自分や子供の持病を改善したいという真剣勝負の悩み解消のために皆、必死。

やがて、意識に刷り込まれた教え共通認識による集団心理で、不安や疑問は薄れ、意識下で比較と競争が激しくなっていき、“結果”を出すことに誰もが執着していった。
嫌々やらされ感で離脱者を増やさないため、女子好みの演出は加速化、得意を生かして“神様に使って頂く”ことが主流となり、資格を取る人も出てきて、“活躍”と称された。

取り得のないネガティブ思考の人は、毒素排泄と称する嫉妬と自己嫌悪。このまま終わるものか!とますます離れられなくなる。

要するに、うまく行っていても行かなくても、取り込み完了!

こうして、表舞台では次々と忠実な神様女子が製造され、舞台裏では熾烈な女の戦いの場と化していた。

自分がやられたことは下へ継承のお局オバサン、女王気取りの支配者からしたら、末端スタッフは奴隷同然。イビリとしかいいようがない、下品極まりないオバサンたち。

最初表舞台使えるおいしい人材の前でだけいい顔して、舞台裏使えない人材には手のひらを返して無視。感情のない神様ロボットと思っていたが、実は一番、我の強い性悪女。他人のことなんかお構いなしで自分がのし上がるための材料にしか思っていない。一生、目を覚ますことはないだろう。

見た目がきれいな人はそれだけで売り出し商品、表舞台でとことん稼がせ、活躍すればしたでヒステリック女の監視下におき、出る杭は叩き潰す。

人が増えればレベルも下がり、社会では適応できないだろう不思議ちゃんはてきとーに使って放置プレイ。使うに値しないと判断された者は無残に、いとも簡単にポイ。

寄せ集めの知識で先生になりきり、上からの重圧を晴らすがごとく、ドスをきかせて尋常ではない怒りで部下を恐怖で凍りつかせ、失敗や売上が悪いのは全部、部下のせい

皆、自分の無知・無能を棚に上げて、威張り散らすことと自分の地位を誇示することくらいしか能がないが、裏と表の顔の使い分けだけは天下一品!

いざとなったとき、何の責任行動も取ろうとせず、それのどこが経営者だ。人を思うがままに支配するのが経営者であり、面倒なことになったら口を閉ざして退散するのが経営者なのか?

結局、やっていたことは、子供の頃憧れた“お山の大将”と“お姫様”ごっこ。表面上の姿カタチで言えば、読書からハウツーだけ盗んだ悪徳セミナー講師と、鞭持たせたら見事にハマる、場末のSM女王。
天下取ったつもりのバカ経営者は、最後の最後まで我を通し、それでは、絶対、神様からお許しは頂けないですわよ。

そして今も、わずかな居残り客にだけ、社会には通用しない言い訳をして、これ以上、覚醒者が現れないよう感情を支配する活動を続けている。

過去のことを濁して、「もう終わったこと」で本当に済ませるかな?うやむやに終わらせても必ずどこかにしこりが残り、自分や周囲へのいい影響はありません。
「自分は大したことなかったから」で済ませるずるい人間にならないで下さいね。
今も犯罪組織の活動は継続しており、苦しんでいる人もいるのですから。
[2012/05/06 15:18] | 未分類 | コメント(0) |
考えることをやめたら終わり
実刑判決が下されてもまだ現実を受け止めようとしない人は多いだろう。被害者や弁護団を感情的に敵視し、人の話を正確に咀嚼して受け止められないのでは、完全にあなたの負け。

神書の言葉ひとつひとつをかみ締めるのと同じように、やめた人間の言葉にも耳を貸す気持ちを持てないと、いつまでたっても単に批判されて悔しいという負の感情と、何を言われても自分は絶対変わらないという強固な我に囚われ、その執着が神世界の背後にいる悪魔に支配され続けるだけである。

自分は、自分の意志で信仰(?)を続けていると思っていても、本当はそうではない。『神様のすることなんて人間には分からない。だから、私たち人間が考える必要なんてない』と真面目に口にするが、それではまるで、人間は神様の奴隷ではないか。

神様によって人間がつくられたとして、人間やお金を支配することが神様の道楽だなんて、それじゃあまるで、神様もどこぞの人間と大して変わらないじゃないか。

神様ではなく、神様のことをとやかく言っている人間の方に目を向けない限り、一生、騙され続けたままだ。ヤツらの思うツボである。

世の中には、「うちこそ本物だ」と言って同じようなことをしている神様ビジネスはいくらでもある。その中で、私たちは神世界というひとつの団体に出会ってしまったが、もし、自分の置かれている環境やタイミングが違えば、別のどこかの団体と縁を持ち、「神世界なんてあんなの偽物だ」と言っていた可能性だってある。そこだけが特別、なんて妄想もいいところ。

「御霊光が特別」なのではなく、「女子好みに演出して幅広い層にウケる手法を展開させたことが特別」なのであり、不安や疑問から意識をそらすために「偶像化された先生」という存在がそこには必ずあったはずだ。すべての鍵を握り、何かにハマる女性たちの心をうまく操ってきたのは、「人」でしかない。 

神世界というひとつの括りの中でさえ、他系列との諍いがあり、同じ神様なのにそこのやり方が嫌で別の系列に移った人もいる。同じ拠点から初めて別系列へ移った人がいるが、移ってからえんとらんすのことなんか目もくれなかったのに、なぜか傍聴に来ていた。系列を移ったことがある人って、「人」を見て判断したんだよね?実刑になった人が出たんだから、今度も、その団体の「人」のことで判断しなければおかしくない?

そもそも、同じ神様でありながら競争すること自体おかしいし、それは「人」と「金」を見ていたことの表われでしかない。皆、自分に都合よく解釈しているだけであり、結果や真実なんて、自分に都合のいいようにいくらでも捻じ曲げられるってわけだ。

『神様のすることなんて人間には分からない。だから、私たち人間は生かされていることに感謝し、神様は初めから自分の中にいること』に気づくことが大切なのだ。

お守りや誰かの言葉に従って、お金を出して何とかしてもらうことが神様とつながることではない。

考える必要がないのなら、人間は神様のおもちゃでしかなく、それが自分の意志だと言うのなら、奴隷になることをあなたは選んでいるようなものだ。

受け売りの言葉をそのまま自分の指針にするだけで、自分で考えることを止めたあなたは「自分の意志で続けている」のではなく、「やめることを選べない」だけ。
[2012/05/05 12:03] | 未分類 | コメント(0) |
結びつける思い
物や教えや先生の言葉を指針とし、頼りとし、お願いし続けることが、“しっかり神様とつながる”ということではない。
自分とそこの神様を結び付けている思いは何なのか、客観的にみることができているだろうか。
そこから離れたら、自分が自分ではなくなるような思いがあるとしたら、それこそ間違っている。
神様を求める前に、自立した人間になる努力をしているか。
救いを求める前に、現実生活をちゃんと生きているか。
それなくして、神様を求めるのは自分の甘えでしかない。

「そこの神様に救って頂いた」という過去の思いに縛られ続け、悪質な犯罪組織と認められた団体と縁を持ち続けることは、自分の未来を捨てているようなものだ。

あなたは、たとえば日常生活において、ほしい商品が置いてあるお店の店員がとんでもなく無礼であったり、とんでもない値段で売りつけようとしたら、それをそのお店で買うだろうか。
向こうの押しに負けて一度は買ったとしても、「もう二度とあんな店に行くもんか」と思わないだろうか。
どんなに商品に魅力があるように思えても、それを扱っている人間やお店が真っ当でなければだめなのである。
そして、そういうお店で扱っている商品自体も、見かけはよくても実は粗悪品だったりするものだ。
初めからコワい人物がやっているお店には誰も寄りつかないが、悪い人間の顔を隠して営業しているお店も世の中にはあるから要注意だ。
商品に目を奪われて、カラクリを知らずにいる人は多いものだ。
健康に意識がある人にそれらしきパッケージで宣伝し、粗悪品を法外な値段で売りつける悪徳業者に引っかかる年寄りを「ばかだなぁ」なんて言えたものじゃない。
日常のあれこれに自分の状況を当てはめてみれば、騙されたことに気づくはずだが、それを拒むのは自分のちっぽけなプライドだ。


[2012/05/04 23:10] | 未分類 | コメント(0) |
判決
教祖に懲役5年。
どこぞの記事は勢いあまって懲役15年と誤報していたが、大ウソだらけの団体にはぴったりだ
あの裁判官たちは、もっと厳しい視点でみていると思っていたが意外と保守的でガッカリ。
またしても、人は見かけや自分の感覚で判断してはいけないと実感する機会となった。

直接的実行犯たちに執行猶予がついたとしても、極めて悪質な詐欺団体であると認められたことに間違いはない。
被害者に申し訳ないと言いながら、自分の刑は軽くしてくれ、ってそんなムシのいい話はないでしょ。

実刑判決が出てもなお、その現実を受け入れられない人は多く、そのこと自体がマインドコントロールの恐ろしさを物語っている。
どんな他人の現実より、自分の拠りどころをなくす方が怖い。
犯罪組織に縁を持っているという自覚を持てない。
味方だと思っていた人が真の敵だと気づく恐怖に向き合う勇気はないだろう。

5/28にアスコム社から紀藤弁護士の新書『マインド・コントロール』が発売されるが、神世界についても語られているそうなので、ぜひとも一読を。
[2012/05/03 14:52] | 未分類 | コメント(0) |
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Author:きらきら魂
人生に必要なものは、目に見えないものを信じることではなく、自分自身の哲学。前世も来世も関係ない、一度だけの自分の人生を豊かに生きること。

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